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高岡塗について

歴史について

歴史について

高岡漆器の歴史は17世紀の始め、加賀藩二代藩主・前田利長公が高岡の町を開いた後、全国各地から職人や商人を集め城下町の基礎を築いたことにあります。
新川郡大場村、現在の富山市大場から高岡指物屋町、のちの桧物屋町(ひものやちょう)に移った大場庄左衛門(おおばしょうざえもん)は江戸初期から仏壇、箪笥(たんす)、長持(ながもち)など指物(さしもの)を作りました。この指物の多くは赤茶色に塗られ、赤物(あかもの)と呼ばれていました。
赤物と呼ばれる漆器の販路は高岡周辺にとどまらず加越能三州一円から越後や北海道にまで広がったといいます。

江戸中期に活躍した塗師屋・八兵衛(ぬしやはちべえ)や辻丹甫(つじたんぽ)は彩蒔絵(いろまきえ)、木彫、堆朱(ついしゅ)、堆黒(ついこく)など漆塗りの技法を生み出し高岡における本格的な工芸漆器の開祖といわれています。また江戸後期には砺波屋桃造(となみやとうぞう)、板屋小右衛門(いたやこえもん)など木彫彩漆(もくちょうさいしつ)に優れた名工が現れ、高岡御車山にその技を見れます。さらに幕末から明治期にかけて勇助塗(ゆうすけぬり)、錆入れ(さびいれ)、螺鈿(らでん)など多彩な技法が生み出され漆器産地としての基礎が築かれていきました。昭和50年9月に国から「伝統的工芸品」の指定を受けています。

高岡漆器の技法

彫刻塗(ちょうこくぬり)

彫刻塗(ちょうこくぬり)

彫刻塗は江戸中期に活躍した名工「辻丹甫」の技法を元祖としており木彫、堆朱、堆黒などによる雷文や亀甲の地紋の上に、草花や鳥獣、青海波、牡丹、孔雀などを彫り出したものが多く、立体感と独特の艶があるのが特徴です。
この技法は19世紀はじめ、板屋小右衛門らに受け継がれ現在、高岡の彫刻漆器は色漆による色彩技法や皆朱塗などによって再現されています。

制作工程について
制作工程について
青貝塗(あおがいぬり)

青貝塗(あおがいぬり)

青貝塗とは「鮑(あわび)」「夜光貝」「蝶貝」「孔雀貝」などを薄く削った青貝と呼ばれる材料を使い、三角形や菱形の細片を作りそれらを組み合わせて山水や花鳥などを表現する技法です。
貝を細工していくことを総称して螺鈿(らでん)といい、一般的には約0.3ミリ厚の貝を使いますが、高岡漆器では0.1ミリ厚の貝も使い細工していきます。

制作工程について
制作工程について
勇助塗(ゆうすけぬり)

勇助塗(ゆうすけぬり)

勇助塗とは江戸末期、初代石井勇助が当時、唐物として珍重されていた中国明時代の漆器に憧れ、その研究を重ね生み出した漆器の技法です。
特徴としては唐風の雰囲気をもつ意匠に花鳥、山水、人物などの錆絵を描き、青貝、玉石、箔絵などを施す総合的な塗りの技法です。
茶盆、器物など格調高く、繊細かつ趣に富んだ作品が県内外から高い評価を得ています。

制作工程について
制作工程について